「源氏物語 宿木」(紫式部)

主役は中の君、匂宮・薫を圧倒。

「源氏物語 宿木」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

女二の宮を薫に降嫁したいという
帝の願いを知り、
夕霧は娘・六の君の婿選定を
薫から匂宮へと切り替える。
母中宮の気持ちをくみ、
匂宮は結婚を承諾する。
時の権力者・夕霧の娘が相手では
かなうまいと、妻・中の君は
動揺を隠せない…。

源氏物語第四十九帖「宿木」。
五十四帖の中でも
長編の部類に入るため、
読みどころは豊富です。
女二の宮と結婚しても
まだ晴れない薫の胸中、
中の君へ寄せる薫の横恋慕と
匂宮の邪推、
そしてなんといっても浮舟の登場。
起伏に富んだ激しい展開の帖なのです。
しかし私が注目したいのは、
中の君の精神的な変容です。
この帖の主役は中の君なのです。

一つは匂宮に対する態度です。
「総角」の帖では、
わけもわからないうちに
薫と一夜を共にし(添い寝のみ)、
その直後には匂宮に
強引に結婚させられます。
中の君の自我が表面に現れていない
(作者の視点が
大君に重点を置いている)こともあり、
非常に幼い感じを受けます。
しかし本帖の中の君は
運命に翻弄されつつも、
決して押し流されてはいません。

「かひなきものから、
 かかる気色をも見えたてまつらんと
 忍びかへして、
 聞きも入れぬさまにて
 過ぐしたまふ」

(しかたのないことと割り切って、
 こんな(落ち込んだ)様子を
 (匂宮には)見せるわけには
 いかないと、(夕霧の娘との
 結婚の話を)何も聞いていない
 振りをして過ごしている)
つまり、
夫には弱みを見せたくないという
強気の姿勢なのです。

もう一つは薫に対する態度です。
大君亡き後も、
そして自らが匂宮の妻となった後も、
赤の他人でありながら
経済的支援を継続してくれている
薫に対して、信頼感が
醸成されてきた矢先のことです。
薫は中の君への恋情を抑えられず、
御簾の中に踏み込みます。
こうした薫の横恋慕に対し、
中の君は困惑しながらも
次のように判断します。

「山里にと思ひ立つにも、
 頼もし人に思ふ人も
 疎ましき心そひたまへりけり」

(宇治の山里に帰ろうと
 決心したのだが、
 頼りにしていた人もあのような
 忌まわしい気持ちを持っていた)
薫に対して
はっきりと見切りをつけているのです。

そして異母妹・浮舟の存在を薫に告げ、
薫の恋情をそちらへそらすという
したたかさも見せるのです。

中の君は、女三の宮のような
運命に流され溺れてしまう
か弱い女性ではありませんでした。
本帖では中の君こそが主役であり、
その存在は
匂宮・薫の二人を圧倒しています。
源氏物語宇治十帖、
大君から中の君へと当てられた照明は、
次帖からいよいよ浮舟へと
移り変わります。

(2020.11.28)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

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